道中のラブホテル

 私が勤務している建物から徒歩10分くらいの距離のところに本社があり、大体週1回くらい行く機会がある。もちろん私は本社になど行きたいわけはないのだが、そういうことになっているのだ。世の中には自分の意思だけではどうにもできないことがたくさんある。私が週に一度10分歩いて(炎天下の日もあれば凍てつくような寒空の日もある)、本社に向かわなければいけないこともその一つだ。
 本社に向かう目的は色々で、会議(それは開催することに意味があるタイプの会議のことを多い。乱暴な言葉で言えば時間の無駄である)のときもあるし、面談のときもあるし、中身もよくわからない届け物を届けるときもある。
 要するに会社としてはそれなりに重要かもしれないが、私と、会社以外の全ての主体にとっては無駄な用事で、私は本社に赴くのだ。
 そして、本社への道中にラブホテルがある。ホテル街というわけではなく、通りに一軒だけあるホテルだ。
 嫌なこと-意味もなく本社に行かされること-をやっているときは、少しでも楽しみを見出したいと思う。
 悪趣味かもしれないが、このラブホテルの前を通るときにはわざとゆっくりと歩いて、ラブホテルに入っていく人、出てくる人の顔を見る。ラブホテルの利用は別に悪いことではないのだが、出入りする人たちは一様に伏し目がちだ。
 一瞬だけ見えるその人たちの顔からパーソナルな部分を想像することが、私の密かな楽しみである。
 今までに見た人たちについて、少し語ってみようか。
 
 美人で派手な女性が一人で入って行く。デートでラブホテル集合のカップルというのはあまり聞いたことがない。だとすれば、彼女は所謂デリヘル嬢だろうか。部屋にはギラギラとした欲望を隠すこともない男が一人。初対面の男女の束の間の情事。彼女にはいくらのお金が入るのだろうか?
 逆に男性一人で入って行く人もいる。今から女性を呼んでお楽しみだろうか。先ほどの女性とは逆の立場だ。何となく期待に満ちた顔をしている気がする。ここで「お金で女性を買うなんて!」という無粋なことは言わない。需要と供給。ただそれだけの話だ。
 地味な男性と派手な女性が出てきた。カップルだろうかか、それともデリヘル嬢と客だろうか。見ただけではそのあたりの関係性は読み取れない。二人の顔には純粋な笑顔が浮かんでいる。二人の関係は果たして。
 中年の男性と、男性よりもかなり若い部下風の女性。不倫カップルだろうか。二人で営業に向かい、帰社前にお楽しみといったところだろうか。上司が一緒なので多少帰社が遅くなったとしてもどうにでもなる。不倫が社会的に許されないとしても、一線を越えてしまう男女はいくらでもいる。それは男女の間では仕方のないことなのかもしれない。道徳なんてものは時代や国によっても全く変わってくる。今の日本で不倫が許されないだけだ。本能には抗えない。二人にアドバイスを送るとしたら、どうか平穏に。家庭だけは壊さないように。
 
 さすがにラブホテルの前に立ち止まってしまうとあまりに不自然なので、ゆっくりと歩くしかない。どんなに長くても数十秒の時間。ホテル街でもない場所で、平日の昼間であれば往復で誰にも遭遇しないこともざらにある。何も「収穫」がないとしても、行動を起こした時点で楽しみは見出せているのだ。
 以上が私の趣味だが、相当に悪趣味なのて皆さんにお勧めはしない。