門出の挨拶

 しょぼくれた居酒屋で酒を飲んでいる。送別会なんだからもう少しまともな店を用意してくれても良いと思う。不毛な時間がかれこれ一時間近く続いている。あと一時間くらいこの環境に耐えれば良いのだろうか。お面をを張り付けたような笑顔でヘラヘラしているような奴らと話すことなんて何もない。それともこいつらも、腹の中では不毛な会だと思っているのだろうか?
 メンバーもそうだが、こんなに大人数で酒を飲むこと自体が不快だ。大人数だと雑音が多くて目の前で話している人の声も七割くらいしか聞き取れない。何となく雰囲気で会話をしている。そんな会話にはなんの意味もないだろう。
 「はーい、みなさーん!ちゅうもーく!」
 遠くの方で司会が何か叫んでいる。近くの席の人からその声に気付き、合図のためか拍手をし始める。拍手がだんだん広がっていき、少しずつ話し声が少なくなり、最終的には会場全体が拍手に包まれる。この感じがすごく嫌だ。無理矢理の一体感。
 「えー、今回の人事異動でこの課から旅立つ方々がいらっしゃいます。まず、鈴木くん。鈴木くんはここ城東支店から本社に異動することになりました。非常におめでたいことですね。」
 妙にかしこまった司会が言った。
 俺は今回の異動で本社に移ることになった。この年齢で本社に異動できるのは、自分で言うのもなんだが、完全に出世ルートに乗ったと思う。まあ、普段のパフォーマンスからすれば当然のことだろう。
 「では、鈴木くんが入社したときの指導役である、斎藤主任から、鈴木くんの門出にあたって一言いただきたいと思います。それでは斎藤主任よろしくお願いします。」
 一応役職では上にあたるゴミ社員の挨拶があるらしい。こいつは俺の指導係だったが、出会って数時間で使えないバカだというのがわかった。仕事ができないくせに妙に尖った雰囲気を出していて、はっきり言えば職場のお荷物だ。お前なんかが俺に指導できることなんてないだろう。何も教わっていないとはいえ、こんなやつに指導されていたなんて俺の汚点にもなりかねない。しかも、俺は今回の異動と同時に昇進もするので、役職的にも威張るところはないはずだ。さて、何を言うのだろうか? 

 「ただいまご紹介に預かりました、斎藤です。鈴木が入社したときから、指導してきました。初めは学生気分が抜けないクソガキでした。仕事も舐めてるし、やる気も感じられないし。休み時間も携帯ばっかりいじって、コミュニケーションをとろうとしない。こいつに仕事叩き込むのは大変だぞと思ったことが鮮明に記憶に残っています。まあ、正直嫌いでしたよ(笑)今ではすっかり立派になって、可愛い後輩です(笑)本社に行っても頑張れよ。」
 こいつは何を言ってるんだ?まるで、今は俺と仲良くやっているような雰囲気を出して話している。消えろ。
 「斎藤主任ありがとうございます。大変愛がこもった素晴らしいスピーチでした。では、鈴木くん、今のスピーチを聞いていかがでしたか?」 
 司会の指名を受けて、俺はゆっくりと立ち上がった。人の間を通って会場の前方に向かう。皆が俺に注目している。
 「よく、第一印象では嫌いだったけど、その後成長したね、今は好きだよ、みたいに言ってくる人いるじゃないですか。こういう半分悪口みたいなのって、相手との関係性で微笑ましいエピソードとして成立するかが決まるんですよね。大体の人は大した関係性でもないのに、余計なこと言ってスベるんですよね。自分が気持ちよくなることしか考えてなくて、相手のことなんてどうでも良いと思ってる馬鹿ですよね。その点、僕と斎藤さんの関係ってどうですか?」 

 俺はここで一回言葉を区切った。周囲はこいつは何を言い始めるんだ?という目で見ている。
 「まさしくスベリ倒してるだろ。おい、斎藤!てめえはいつまで主任やってるんだよ。入社何年目だ?おら。無能なくせに何仕事できる風な雰囲気醸し出してるんだよ。無能が尖ってもダサイたけだわ。気持ち悪い。このゴミクズ!とっとと消えろ、ボケ」
 俺は一気に捲し立てると、会場全体をすうっと見渡した。全員面食らった様子だ。空気が凍るのを感じる。そりゃそうだろう。俺は軽くお辞儀をすると、勝手に席に戻った。
 会場の空気が凍り付いているのを感じる。しかしそんなことは関係ないのだ。俺にこの空間に対する責任はない。
 「それでは、次に大竹さんも異動です……」